夢と現実の間をうろうろしながら
「期待」の意味
2017年09月13日 (水) | 編集 |


深夜にぼそっとツイートしたものに、反応が来るとは思ってなかった。
ので、ここから始まったやり取りをまとめてみたけれど。
モーメント ⚡️ 「期待」考察

ブログを書くとき、考えをまとめて(下書きとかして)から打つわけじゃなくて、打ちながら考えてるから(しかもこの手の文章のときは、合間合間にいろんなことしてるから、めっちゃ時間かかってる)、いつも着地点が当初の予想とは全然違うところになってしまってるんだけど。

私が最初に書いた「期待」と、生井さんが提示してきた「期待」との「違い」

あくまでも私の中で、の話として読んでいただきたいのだけど、「期待」には2種類あって。
「◯◯しますよ」と言われて、ずーっと待ってる「期待」と、「成長を見守る」という意味合いの「期待」と。

ちびキャラストラップにしてもDMにしても、たぶん、本人忘れちゃってるんだろうな。
忘れちゃってるんならもうしょうがないよねって思う気持ちと、でもそれを上回るがっかり感と。
これだって「期待してた」ってことなんだよね。
言い換えれば、自分の欲求を満たしてくれる「はず」だったのにっていうことなのか。「欲」を押し付けてる?
でも先に「します」って言ったのは向こうなのだから、裏切られたと思うのもしかたなくない?傲慢かな。

逆に、その「します」に初めから乗っからずに(疑ってかかって)「期待しない」こともあるわけで。
今あらためて考えてみると、それは結局自己保身(傷つきたくないから)だなあと思ったり。

それもまた自分の「選択」だから一喜一憂するのも勝手なのか。

そしてもう一つの「期待」
生井さんは終始一貫してこっちの「期待」の話。
だから、若干話が噛み合ってない部分があったりするのだけど。

「(まだ)やれる」「(まだ)出来る」「(まだ)伸びる」の“まだ”のところ。
それはプレッシャーにもなりうるわけで。

期待とプレッシャーの話は、必ず円谷幸吉さんのことを思い出してしまうよね。

結局のところ、その「まだ」もまた、こちら側の勝手な押し付けなんだよね。
それをモチベーションに変えて高い目標に向かっていけるか、逆にプレッシャーになって萎縮してしまうかは受け手次第で。

こっちの「期待」を裏切られても、私は、あくまでも私は相手に対してそれほどがっかりしない。
それは「自分の見込みの甘さ」「見る目のなさ」だから。
(ただねえ、これが「我が子への期待」になると、がっかりするよねえ。それが「親の欲目」なんだろうねえ)


結局のところ、「期待」ってなんだろうね。
「◯◯してくれるんじゃないか」という見返りを求めてる?
前者の「期待」はそれだよね。
「します」と言われたら、そりゃしてもらえると思うじゃない。

じゃあ、後者は?
自身の快楽(快感といったほうがいいか)のために。
嬉しいという感情を得るために。

ああ、やっぱりエゴなのかな。

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